副学長あいさつ

旅のすゝめ

平野祐康

三宅島大学 副学長
加藤 文俊
社会学者 /
慶應義塾大学
環境情報学部教授

 竹芝桟橋で、船に乗る。6時間半ほど揺られて、明け方になると三宅島が見えてくる。その三宅島に「大学」をつくることになった。「本物」ではないが、その本質は「真正」なものだ。人びとが集い、自由闊達に語らい、さまざまな問題に取り組みながら、暮らしに活きる知識や知恵を生み出していく。それがあれば、もう立派な「大学」なのだ。余計なものは、いまのところない。だからこそ、その本質に触れるためには、マジメになる必要がある。6時間半の船旅は、いささか長いとは思うが、マジメになるために、ゆっくりと心と身体の準備をするにはちょうどいい。

 もとより、人は人に会うために旅をしてきた。話を聞くだけではない。しぐさや、寡黙な背中さえもが、多くを伝えてくれる。マジメになったぼくたちは、島でたくさんのことを学ぶ。海も山も、もちろん人びとも、島全体が教室に、そして教科書になる。じぶんの師匠は、じぶんでさがすのだ。いま流行りの「エコ」「ソーシャル」「シェア」などという、ややこしいカタカナことばは、最初から必要ない。時には無慈悲な自然と向き合い、ずっと培われてきた絆を大切にし、お互いに分かち合う。こうした思想も態度も、わざわざことばにするまでもなく、人びとの暮らしのなかにとけ込んでいるからだ。三宅島の人びとの優しさと逞しさの源泉は、いったい何だろう。それを知ることが、ぼくたちの未来を考えるヒントになるにちがいない。

 「三宅島大学」は、みんなでつくるものだ。決して、船に乗って島に向かう人のためだけにあるのではない。島の人どうしも出会い、学び合う。ぼくたちが島に行くことで、あたらしい関係がつくられていく。三宅島で〈あたりまえ〉なことは、〈あたりまえ〉であるがゆえに、毎日の生活では見えにくくになっているかもしれない。そんなとき、三宅島で学ぶぼくたちの存在が、気づきのきっかけになるといい。「よそ者」の目線で三宅島に接近すれば、島がもつさまざまな「資源」の発見・再発見につながるだろう。

 豊かな自然、歴史と伝統、優しくて逞しい人びと。多彩な「資源」を、さらに永きにわたって価値をもたらす「資産」へと変えていく。「三宅島大学」は、そのための〈しかけ〉だ。この大きな〈しかけ〉をつくっていくのは、なかなか大変だ。だから、焦らずにゆっくりとすすめたい。三宅島が「大学」を変え、「大学」が三宅島を変える。そういうおつき合いのはじまりだ。

 先日は、錆が浜港で船に乗った。まだ数回しか体験していないが、送る人も送られる人も、いつも船出の場面はせつない。デッキに立って、だんだんとちいさくなっていく三宅島を眺めていると、不思議なことに、哀しいながらも、また来たいという気持ちにさせられる。なぜだか涙腺が緩む。それほどに愛おしい旅を、学ぶための旅を、しばらくは続けてみよう。

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